ゆーしの映画大好き!!
ゆーしの戯言

ゆーしのくだらない戯言を書いていますが、 暇つぶし程度にでも読んでもらえたら幸いです。

私の事を映画好きにさせてしまった原点を、今になって考えてみると、幼少の頃に繰り返し読んでいた絵本に辿り着く事になると思います。

特にお気に入りだったのは、筒井康隆の「地球はおおさわぎ」や

吉田足日の「れいぞうこロボット」に福島正実の「あつまれイルカ」
などでして、そこには、非日常的な空想冒険物語が描かれていま
して、子供心に胸が躍るような気持ちで読んでいた事を、今になっ
ても覚えています。

当時の小説などの作品は、幻想作品と空想科学作品の明確な
境界線が無く、なんとも曖昧な化学技術によって創造された世界
を舞台にした、数多くの摩訶不思議な作品が存在していました。

当時の最先端の科学技術を解説した専門書などでも、火星に
植物が生存している等、現在では、とても信じられないような事
が、普通に書かれていた時代でしたので、それを基にして創造
された近未来の作品って、実際に何でもありの状態だったんです
よね。



その後は、小学生にもなると絵本から漫画へと興味が移り、手塚治虫の「未来人カオス」や
石森章太郎の「ザ・スターボウ」などのスペースオペラと言われる分野のSF作品と出会い、
更に夢中になっていきました。

そして、子供の想像力で想い描く宇宙への憧れを、心に大きく膨らませていた時期に劇場で
公開された作品が、「スターウォーズ」や「スーパーマン」に「エイリアン」や「スター・トレック」
と言ったSF映画だったんですよね。

今まで漫画でしか表現できなかった空想の世界が、とても現実感を得る事のできる実写作品
として表現されていたのには、もうすっかり参ってしまいまして、中学生にもなると、かなりの
SF映画好きになってしまっていた私は、お小遣いの続く限り映画館に通うようになって いた
のでした・・・。

当時のSF小説と言うと、基本的に海外作品ばかりが主流でして、
国内のSF小説と言うと、個人的にあまり良い印象が無かった感じ
なのですが、その中でも高千穂遥の「クラッシャージョウ」シリーズ
は、群を抜いて面白かったんですよね。

中学生の頃には、シリーズの6作目までが刊行されていまして、
漫画ばかりを読んでいた当時の中で、小説と言うと、このシリーズ
ばかりを読んでいた記憶があります。

昭和58年になると7作目が刊行されまして、更に挿絵を描いて
いた安彦良和の監督作品として劇場用アニメーションまでが公開
されるなど、原作ファンにとって最良の年ともなりました。

但し、同時期に劇場で公開された「宇宙戦艦ヤマト 完結編」や
「幻魔大戦」の2作品の宣伝合戦に巻き込まれる形で、どうしても
 
知名度的に弱い感じにもなっていまして、松竹富士系での劇場公開と言う事もありまして、興行的に残念ながら惨敗した感じでもありまして、やはり
東映や角川には、勝てないですよね・・・。

あと、私が初めて購入したVHSビデオテープって、この「クラッシャージョウ」だったりもするんですよね。
いつも通っていたレコード店に注文をしていたのですが、発売日に行って見ると、入荷数が1個との事でして、購入者は、私のみだったそうです・・・w

その後、小説の方が10作目(他に別巻が2作品あるので、全12作品になります。)まで刊行されますが、発刊元の朝日ソノラマが解散すると廃刊と
なってしまうのですが、現在では、早川書房より続刊されていまして、13作目までが刊行されていますので、今後、時間的に余裕ができれば、未読
の部分も含めて、じっくりとシリーズ全部を最初から読み直してみたいものですね。

高校生の頃にもなると、漫画から小説へと本格的に興味が移って
いくのですが、そのきっかけとなったのが、P・K・ディックの小説
「ヴァリス」になると思います。

本屋で山積みになっていたので、なんとなく手に取ってみたのが
最初なのですが、作者の神秘体験を題材にしたヴァリス三部作
は、当時の私にとっては、なんとも難解でして、後半部分にもなる
と、もう読んでいて訳も分からずって状態だったのですが、なんと
も不思議な魅力に憑りつかれてしまったんですよね。

その後は、当時既に絶版となっていた作品も含め、日本語訳され
ていたP・K・ディックの作品を、すべて入手してしまいました。

かなりの労力と費用を浪費しながら揃えたのですが、あまりの
作品数の多さに、短時間で夢中になって読み続けてしまいまし

たので、どれがどの作品の内容だったのか、かなりあやふやな状態になっていまして、今にして思うと、もっと時間をかけて、じっくりと読み進める
べきだったと反省しております。

映画化された作品で言うと「ブレードランナー」や「トータルリコール」などが有るのですが、原作となった小説の内容とは、まったく違う脚本となって
おりまして、まったく別の作品と言ってしまっても良い程でして、独特の近未来の雰囲気を忠実に映像化するのが難しい作品群だとも思います。

作者の死去からだいぶ経ちますが、今でも人気に衰えが無く、最近では、「高い城の男」がTVドラマとして制作されて、インターネット配信での放送
が始まりましたが、今までの映像化された作品の中では、TVドラマとして長編化されながらも、うまい具合に原作となった小説の雰囲気が忠実に
表現できていたとも思いました。

小説が発表された当時は、内容的に映像化する事がとても難しかったと思いますが、私的には、現在のCG技術を駆使しての、今後の他の作品の
映像化にも期待したいものですね。

まだ学生だった頃の私は、特殊撮影を駆使した海外の実写作品ばかりに夢中になっていまして、国内の映画と言うと、
あまり興味が無かったのですが、そんな中で例外的に好きだったのが、このアニメ映画「太陽の王子ホルスの大冒険」
になります。


もちろん子供の頃には、たくさんのアニメ作品を観ていたのですが、どれも動く紙芝居的な印象が強く、作品の内容的
に面白い物に仕上がっていても、絵が動く事への感動が薄かったのですが、初めて「太陽の王子ホルスの大冒険」を
観た時には、その絵の動きに感動をしたのを覚えています。

配給側と制作スタッフ側との意見の違いによる制作中断や、予算削減などで戦闘部分の作画が残念な感じにもなって
しまっていますが、現在の日本アニメーションの現状を考えると、その後のすべてのアニメ作品への礎にもなった日本
アニメーション作品の最高傑作のひとつになると思います。

当時のアニメ作品と言うと、子供騙しの低予算作品ばかりの日本映画界にとって、予算や納期を無視してまで最高に
良い作品を作り上げようとした意味では、間違いなく日本の映画史の中でも重要な意味を持つ作品になると思います。
原作は、アイヌ民族の叙事詩ユーカラの「春楡の上に太陽」を基にしていまして、日本独自のファンタジー作品としても最高傑作になると思います。

尚、この作品は、東映まんがパレードでの上映となっていまして、同時上映に「ゲゲゲの鬼太郎」「魔法使いサリー小さな魔法使い」「ウルトラセブ
ン」と豪華なラインナップでしたが、興行的に残念ながら失敗作品と認識されていまして、そんな不遇な作品なのですが、制作スタッフの情熱が
伝わってくる、私的にとてもお気に入りの作品になっています。

今までに観た作品の中で最高の思い出になっているのが、「スターウォーズ・ジェダイの復讐」の先行ナイトロードショウ
になると思います。

劇場の通常営業が終わった後に、深夜に1回だけの先行上映だったのですが、シリーズ完結編との事で話題性があり、
入場時間前には、かなりの長蛇の列となっていました。

通常の公開前でしたので、基本的に映画好きの方々ばかりだったのでしょうが、エンドクレジットが始まると観客総立ち
の拍手喝采となり、その場の雰囲気に飲み込まれてしまったのを、今でも鮮明に覚えています。

かなりの立ち見客も居たみたいで、すぐに劇場から出ることもできずに、感動して興奮醒め止まずの観客達に囲まれな
がら、やっとの思いで外に出て夜道を自宅に歩き始めた時には、映画館ってなんて素晴らしい場所なんだと作品よりも
別な意味で感動していたと思います。

当時は、まだビデオテープの普及前でしたので、同じ作品を上映期間中に何度も観るのが当たり前だったのですが、
学生だった事もあり、金銭的に観に行ける回数に限りがあったので、どうしようかと悩んでいたと記憶していますが、
この先行ナイトロードショウという特別な機会に巡りあえる事ができたのは、自分の映画人生の中でも、最良の一日になったと思います。

もちろんその後も、別な作品の先行上映に何度も行っていますが、観終わった後は、みんな普通に劇場から出て行くばかりで、こんなにも熱狂的な
先行上映には、出会えないままでいますね・・・。

高校の頃に読んでいた小説で、L・R・ハバートのバトルフィールドアースがあるのですが、その後に映画化されまして、
国内でも劇場公開されたのですが、原作小説を読んでいた身としては、とても楽しめた映画だったのですが、なぜか
悪意ある酷評ばかりでして残念に思っています。

映画の方は、前後編の二部作として制作が始まったのですが、あまりの不評で後編が制作中止となってしまいました
ので、悔しい思いもあるのですが、内容的には、とても素晴らしい出来栄えになっていたと思っています。

ここまで悪く言われている主な原因は、やっぱり世界的な宗教絡みが原因でして、小説家からサイエントロジー教会の
創設者と成り、なにかと世間の話題の的となっていたL・R・ハバートでして、膨大な信者数に支えられて始まった映画
化も、ここまで一般の人々から拒否反応を示されると、なんともしようがなかったのでしょうね。

誰でも心に弱い部分が在るもので、心の拠り所として宗教的な物に縋る気持ちも分かりますので、宗教を否定するつも
りは、まったく無いのですが、この宗教の違いでお互いに啀み合う姿は、見ていてとても醜い姿だと思っています。
 
L・R・ハバートの人柄にも、かなり横暴で悪い事を言われていますが、強固な権力を持った人間であれば、誰でもが陥る事でもあると思いますので、
そう言った人間の負の部分を実感しているからこそ、支配される弱い立場の人々の心情を描いた、こんなにも面白い小説が書けるものなのだと思い
ます。

できれば本当に後半部分の映画化もしてもらいたいものですが、とても無理でしょうね・・・。

まだ若かった頃には、かなりの数の映画関連のチラシやポスターにパンフレットなどを大量のコレクションして
いたのですが、その収集の始まりとなった作品が、「ヘブンリー・ボディーズ」になります。

もちろんそれ以前にも、映画関連の物を色々と入手していましたが、前売り券に付いてきたポスターを部屋の
壁に張り付けたり、読み終わった漫画週刊誌と一緒にパンフレットが放置されていたり、無料で貰えるチラシ
にもなると、あっさりと捨てていたりと、まったく保存しておこうなんて考えもしていなかったんですよね。

当時の私の部屋には、常時4〜6作品程のポスターが壁や扉に貼ってありまして、新しい作品が公開される
と、順次張り替えていたのですが、この「ヘブンリー・ボディーズ」のポスターは、とてもお気に入りのポスター
でして、張替えの時に保存しておきたいなと思ったのが始まりになります。
既に私の現在のコレクションから失われてしまっているのですが、当時の私は、なぜかこのイラストが大好きだったんですよね。

現在のコレクションから失われたと言っても、処分した記憶が無いもので、もしかすると部屋の何処かに在るのか?、それとも記憶が無いだけで、
その時々の気分で、なんとなく処分してしまったのか?

数年前から、すこし身軽になろうとコレクションの大半を処分してしまいましたが、未だに部屋の隅を整理していると、色々と映画関連の物が、まだ
出てきたりもしていますので、のんびりと出てきた物の引き取り手を捜していたりもしますが、映画関連のコレクターの多い事には、いつも驚かされ
てしまいます。

あと、「ヘブンリー・ボディーズ」のポスターがお気に入りでも、実は、映画の内容的にまったく興味が無い作品でもあったりするんですよね・・・w

  私の若い頃は、映画のポスターは、基本的に前売り券の購入時に、おまけみたいな感じで
付いてくるのが当たり前になっていまして、お金を出してまで入手しようなんて考えもしな
かったんですよね。

そんな私が、初めてお金を出してまで購入した映画ポスターは、このスターウォーズの2枚
になります。

スターウォーズ帝国の逆襲の国際版ポスターを描かれた、イラストレーターの生頼範義に
よるスターウォーズとスターウォーズ・ジェダイの復讐のポスターでして、映画関連の通信
販売を利用して購入した記憶があります。

ガレージキットなどと一緒に購入した記憶がありまして、確かゼネラルプロダクツか海洋堂
のどちらかから購入したと思うのですが、もうちょっと忘れてしまっていまして、かなりあや
ふやな記憶となっています。
お金を出してまで購入しただけありまして、その後、パネルまで購入しまして、長年に渡って自室の壁に飾ってあったのですが、さすがに日焼けで
色が薄くなってしまい、残念ながら処分してしまいました。

日本の映画ポスターの中で生頼範義の作品群は、ゴジラシリーズに代表される様に、とても印象的な作品ばかりでして、映画好きの方であれば、
誰でもがきっと見た事がある映画ばかりになると思いますので、少しでも興味を持たれたのならば、色々と探してもらえたら嬉しいですね。

私が学生だった頃は、家庭でのビデオデッキの普及率が10%前後でして、ビデオテープの作品数もかなり少ない状況
になっていました。

それに加えて、ビデオテープのVHSとβの違いや、再生専用になるビデオディスクとレーザーディスクまで規格があり
まして、それぞれに取扱い作品が違っていまして、なんとも複雑な販売形態となっていました。

例えば、「第三の男」はビデオディスクのみでの販売、「スターウォーズ」や「エイリアン」はレーザーディスクのみでの
販売でして、当時は、こう言った有名な作品でさえ、ビデオテープでの販売がされていませんでした。

そんな中で、レンタルビデオ店を渡り歩くカバン屋さんと呼ばれる怪しい人達がたくさん居たんですよね。

このカバン屋さんの主な商品は、無修正の裏ビデオと呼ばれる物でしたが、それと同時に海外から輸入された映画
に、独自に字幕を入れた海賊版ビデオも取り扱っていたんですよね。
そんな訳でして、国内で劇場公開される前の作品をビデオで観る事ができまして、実際に劇場で公開される前に観る事ができた作品の中では、
なんと言っても「ターミネーター」に想い入れがあります。

A・シュワルツェネッガーは、コナンの3作目に出演するとばかり予想していたのに、ばっさりと髪を切って悪役に転向するとか信じられなかったの
ですが、実際に観てみると驚きの連続でして、観た翌日には、会う人すべてに面白いと宣伝する程でして、かなりこの作品に入れ込んでしまって
いました。

当時のビデオテープは、画質の劣化が激しくてオリジナルフィルムの価値が失われる事がありませんでしたので、法規制も緩やかなものでした
し、このカバン屋さんの活躍のおかげで、正規のビデオテープで十分な作品数が販売されるまでのビデオデッキの普及率の牽引力にもなったと
思っています。

前項の内容と同じ時期の話なのですが、まだビデオテープが一般家庭に普及する前には、ビデオテープの流通も
かなりいい加減な感じがありまして、まだ劇場公開前なのに、既に正規のビデオテープが間違って流通してしまって
いるなんて事もありました。

普通の作品であればビデオ化されるまでに、かなりの時間が経過してからだったのですが、作品によっては、稀に
劇場で公開される前からビデオの生産が始められる場合がありまして、薬師丸ひろこ主演の映画「Wの悲劇」は、
劇場で公開される数日前には、なぜか私の手元にビデオテープがあったりもしたんですよね。

当時のビデオテープの販売店は、手広くやっているレコード販売店や家電販売店などで少量ですが扱っている程度
でして、もちろん現在のように正規のビデオレンタル店などもありませんので、僅かに在る非正規ビデオレンタル店の
常連になっていたりすると、こう言った珍しい事を教えてもらえたりもしていました。

当時は、新作1泊のレンタル料金が1500円程度でしたが、現在では、新作7泊で100円だったりもしますので、
なんとも便利な世の中になったものですが、店と客との綿密なやり取りと言ったつながりが無くなってしまったのが、
なんとも寂しいですよね。

高校生の頃でしたが、2年半程も地元の映画館でアルバイトとして働いていまして、実際に映画館での仕事内容を体験
する貴重な機会を得られました。

捥りから始まり、チラシ配りや屋外施設へのポスター設置と言った雑務をしていましたが、後には、電車で駅まで運ばれ
てくる重いフィルム缶を、ひとりで受け取りに行くなどの映写技師助手の見習いみたいな感じにもなっていました。

そう言った仕事内容の中でも、いちばん見ていて素晴らしかったのが、映写技師の方が制作していた劇場前面に掲げる
巨大な看板の制作現場でした。

劇場の最上部にある薄暗い空間で、ベニヤ板に書かれる使い捨ての大衆芸術の傑作品の数々の制作過程を見られた
事は、今でも忘れられない感動となっています。

映写機の操作ならば、私でもなんとか覚えられそうなものですが、さすがに絵ともなると、とても自分には無理だよなと、
なんとも憧れの熱い眼差しを映写技師の方に送っていたものでした。

配給会社から提供される大型のポスターを参考に書き始めるのですが、いつも俳優の顔をうまく模写できる技量には、深く感服してしまいました。

そんな訳でして、私にとって1980年代半ばの映画ポスターを見る機会があると、当時の巨大な看板作品の数々が甦ってくるのですが、今では、
すっかり失われてしまった貴重な映画資産になると思います。

現在の高度に発達した印刷技術の前では、こう言った職人技って無用な技術ですからね・・・、なんとも残念です。

映画館でアルバイトとして働いていた頃の最高の思い出と言うと、このアニメーション映画の
「アリオン」になると思います。

学校の卒業に伴ってアルバイトを辞める事となっていたのですが、ずっと原作漫画を読み続け
ていたもので、原作者による劇場アニメーションと言う事もあって楽しみにしていたのですが、
他の配給作品との兼ね合いで、地元の劇場では、どこでも公開しない感じでもあったんですよ
ね。

この感じでは、このまま地元の劇場での公開は、無いだろうなと思っていると、仲の良かった
映画館の支配人がニコニコしながら話し掛けてきまして、「春休み期間の1週間だけだけど、
うちで公開するから」と言って来たんですよね。

しかも、なにやら茶封筒を渡されまして、中を見てみると、実際に映画で使われたセル画が
数枚も入っていたんですよね。
 
まったく知らなかったのですが、映画制作の下請け会社が映画館から僅か100m程も離れた場所に在ったらしく、挨拶に行って来たら貰ったので、
劇場内で使わないのでどうぞとの事でした。

私の為に上映作品を選考してもらったなんて、なんとも嬉しい出来事だったのですが、肝心の映画の方は、長編作品となっていた原作漫画を、僅か
2時間に収めようなんて、どう考えても無理な感じでして、はっきり言って中途半端な残念な作品になっていたんですけどね・・・、作品的になんとも
言えない仕上がりの映画なのですが、私にとっては、決して忘れる事のできない作品になっております。

全国を彷徨った後に、東北の実家に戻って来てからは、地元での風景写真の撮影活動を始めてみたのですが、訪問
した先の撮影地にて、映画の撮影場所になった案内板を見つける事がありまして、なんとも映画好きの私にとっては、
訪れては、様々な想いが巡る、とても楽しめる場所にもなっていました。


地元花巻市の東方に位置する田瀬湖は、三船敏郎の主演作「激流」の撮影地でして、俳優としていちばん好きな役者
が、こんな田舎まで来て撮影をしていたのかと思うと、訪れる度になんとも色々な想いが込み上げてきます。


この田瀬湖は、田瀬ダムの建設によって作られた人造湖でして、建設中の工事現場にて撮影されていたのが、建設
技師と地域住民との人間模様を描いた「激流」になりまして、田瀬ダムの屋内施設には、当時の資料なども展示されて
います。

同じような内容を扱った石原裕次郎と三船敏郎が共演した大作「黒部の太陽」にも、少なからずも影響を与えた作品に
もなるそうです。



全国の鍾乳洞を利用して撮影されたリメイク版の「八つ墓村」ですが、住田町の滝観洞でも撮影がされていまして、
洞窟内に案内看板が設置されています。

私がいちばん好きな脚本家の橋本忍が制作に参加していまして、「砂の器」や「八甲田山」に並ぶ最高傑作のひとつ
になると思います。

原作からは、かなり内容が改変されていまして、時代設定を公開当時の現代に置き換えてあったり、オカルト色を強く
打ち出した祟りの設定とか、登場人物の大幅な設定変更など、うまい具合に描き直されていまして、2時間30分の
上映時間内にきちんとまとめ挙げられている脚本には、既に原作を読んで物語の展開を知っている方々でも、十分に
楽しめる映画となっていました。

当時の流行語にもなった「祟りじゃ〜っ」の名台詞もありまして、なにかと記憶に残る作品ともなっていますよね。


そして沿岸部の大船渡市三陸町に在る綾里不動滝は、小林旭の初監督作品ともなった「春来る鬼」の撮影地でして、
相思相愛の仲にも係わらず身分の違いから結ばれる事ができずにいたふたりが、村長の決めた相手との婚礼直前に
逃亡をしまして、流れ着いた鬼の岬で捕えられてしまい、その後、鬼の岬でのよそ者への裁きの試練に挑み続ける
物語でして、公開後の話題性や興業的には、ちょっと寂しい感じとなってしまっていますが、私個人としては、最後まで
ワクワクドキドキしながら観る事ができた面白い作品となっています。


現地には、小林旭や三船敏郎のサイン色紙などが展示されていましたが、最近では、展示施設の老朽化によって映画
関連の展示物が撤去されてしまったのが残念ですが、隣接する綾里ダムを利用しての気軽な滝見ができる場所として、
昔と変わらず魅力的な場所になると思いますので、映画ファンの方には、ぜひ訪れて神秘的な場所の感覚を体感して
もらいたいものです。

尚、この綾里不動滝の他にも、魹ヶ崎など沿岸部の景勝地でも撮影がされているのですが、この綾里不動滝みたいに
記念碑的な物がまったく無いのがなんとも残念ですが、三陸各地の素晴らしい自然を感じられる内容の映画にもなって
いました。

※今回の更新分では、ここまでになってしまいますが、
今後も、時間の余裕を見ては、のんびりと戯言を書き続けてみようと思っていますので、お楽しみに〜♪
(ノ∀`*)ノって、こんな戯言を誰も楽しみになんてしていないですよね・・・w

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